サイト復活

サーバ、逝く

サーバ全てのデータをぶち込んだSSDに大量のデータを読み書きしまくっていたらエラーが多発するようになって、ちょくちょく端末からの接続が切れるようになった。黙殺しながら使っていたらついにSSDがお亡くなりになり、サーバ全てのデータが吹っ飛んだ。数年前描いた絵とかも一緒に消えたので非常に悲しい気分になった。学生祝いに5万で材料を買って友人に組んでもらった初めてのサーバだった

エラーが英語で全く読めなかったからと言って黙殺したのは自業自得。仕方ないので4TBかなんかのHDDを新しく買ってデータ類を突っ込み、SSDも256GBくらいのやつを買い直した。大体3万円くらいだったか

お絵かきのデータが消えたのが一番でかい。古いノートPCにデータが残ってないか調べようとしたらそっちも電源がお釈迦になっていて取り出せなかった。拙い絵でも一応の愛着はあるので、後でHDDだけ取り出してみる予定

Internet Archiveにもトップページ以外の記録が残っていない。突撃レーザー(@TotsugekiLaser)さんの同人誌の感想が一番ちゃんとしたコンテンツだったのだけど、それすらも復旧できないのが悲しい。一応同人誌それ自体が消えたわけではないので書き直す事はできそうだ

個人サイトの経緯

個人サイトが欲しいと思ったのは小学生くらいの頃だったか。父に「自分のサイトが欲しい」と言ったが「発信するものがなければホームページの意味がない」だかなんだか言われて丸め込まれた記憶がある。あの時代サイト持っていることがすでに一つの情報だと思うのだが

仕方がないのでその後作った自作のゲームはブログで公開した。正男コンストラクションのグラフィックを無断転用したDHTMLゲームだった。アップローダも用意できなかったのでHTA (HTML Application)のソースをべた書きしてそこから読み込んでゲームを実行できるようにした思い出がある

その後中学生になり、chobi net様にお世話になりながら個人サイトを設置。広告が表示されないのに無料で、しかもCGIが使える。当時のメジャーなレンタルスペースは広告が表示されるか有料かCGIが使えなかったのでほぼ唯一の選択肢だった。他の無料CGI広告なしレンタルスペースは審査が厳しかったように思う

サービスの充実具合からして容易に予想できることだが、そこの管理人は非常に優しかった。自作のCGIが動かないだとかそういう雑な質問をしてもものすごい速さで返信が来るような至れり尽くせりのサービスだった。中学生の遊び場として登録してしまったのは今思えばほほえましいようでもあり心苦しくもある。自作のCGIとかそういう質問をした当時の己を殴りたい

当然と言えば当然だが、容量はあまり広くなかったのでそこでもゲームの公開ははばかられた。画像ファイルがでかすぎたというのもあると思う。そのせいで当時のゲームが消え去ったのだけど、それはもうどうにもならない話だ

たいしたコンテンツはないし友人に感想を聞いても「青かった」とガガーリンの見た地球のような感想が返ってきたのみのサイトだったが、当時の私は満足だった。まだ個人サイト文化もよく知らない歳だった。そのうちmomota.pwというドメイン(当時安かった)を購入し、有料のプランに入った。月300円とこれも非常に安価だったのを覚えている

私が高校生になった頃にサイトのデザインも一新したが、工事中の文字が増えただけでコンテンツ量は一切増えなかった。サイトを持っていることそれ自体で満足してしまうのは自分らしかった

大学生になり、友人にマシンを組んでもらって自分のサーバを手に入れたのでchobi netの管理人にサイトを独り立ちさせる旨を伝えに行ったらやはり快く見送ってくださった。「プログラミング頑張ってください」とか応援もされてしまった。いい人だ

マークアップ

このサイトは中学生のときからべた書きだ。LML(軽量マークアップ言語)やCMS(コンテンツ管理システム)の設計には当時から興味があるのだけど、オレオレ実装を求めようとするとあまりに深淵なので最近は触れることすらできない

ボクの時代はまだHTML 4.01だったので、HTML 5が出たときは衝撃的だった。色々な要素がきちんと意味を持ち、構造との分離がある程度成されている面白い言語に変わっていた。それでいて互換性は妙に保っている。個人的には<meta charset="utf-8">が非常に好みだ

HTML 5は以前のブラウザでもある程度動いてもらわないと困る。ことに文字コードは重要だ。文字化けして読めなくなるのはページ表示の根本的な問題だ。もともとのmeta要素にはcharset属性なんかないから、この変更は一見昔のブラウザに文字コードを読めなくする改悪にも思える。しかし<meta http-equiv=Content-Type conten=text/html; charset=utf-8>という引用符のない間違った形式を読み込む関係上、昔のブラウザでもこのコードは動く。これに興奮しない人間はいないだろうとすら思う

ボクはHTMLを二分探索で学んだ(どこを削除すると動き、どこを削除すると動かなくなるのかを探るのに二分探索を用い、検索すらしなかった)くらいHTMLに触れるのが早かったので、頭に染みついている。染みついたからすごいみたいな技術じゃないのが残念だ。今でも長ったらしい文書宣言だとか、XHTML 1.1だとか、要素一つ動かすために読み込まれたjQueryだとか、document.allだとか、そういったレガシー技術全体に愛着を覚える

サイト復旧に当たってトップページのロゴ(M+でサイト名が書いてあるだけだが……)はh1で、各ページのロゴはmarkでマークアップしてみたり、HTML 5をとりあえず使ってみたりしている。ここらへんはHail2uの影響を受けている

HTML 5が勧告されてからというもの、ボクは正しいHTMLの書き方、よりよい書き方を模索するようになった。実際ある程度冗長でも、ある程度間違っていても、問題ないフォーマットではある。それでも一旦気になりだせば止まらないもので、たくさんの情報を発見し、とくに上のHail2uに感化されたりしている。これからもHTMLはイザコザがありながら新しい勧告が成されていく。成長を追うのは楽しい

インターネット名誉老人

インターネット老人、とまではいかない。個人サイト最盛期に動き回っていた突撃レーザーさんと数歳しか変わらないボクだが、その頃にはもう栄華が過ぎ去り、いくつかのサイトが残るばかりだったように思う。11歳の頃にTwitterに登録した。まだ政治の話も罵声も目立たないおおらかな場所だったように思う

しかし遺跡巡りは楽しかった。まだ個人サイトが死んだわけではなかっただろうが、ほとんど表舞台にはなかった。Twitterでは誰も個人サイトの話をしなかった。周りの人は個人サイトを持っていない一般人だったし、ボクにとってのインターネットはTwitterだった。正男コンストラクションをみつけたのもその頃で、ゲームを作り始めたのもそんな感じ。過ぎ去ったインターネットを自分の中に取り戻そうとしたのかもしれない

インターネット老人ネタでTLが盛り上がるようになってしまった。ネタは全部わかる。全部わかるけれど、そのときボクは個人サイトを持ってなかった。わかるんだけど、夢小説サイトとかに登録はしてなかった。インターネットの遺跡を眺めながらTwitterに入り浸って400 tweet/日とかしていた一般人なのでとても悲しい。インターネット名誉老人になりたい

コンテンツ

中学生の頃から絵を描いているのでそいつを載せることにした。大変拙いものなので最近の絵だけ数枚載せておいた。まだ拡大表示は出来ない。するような絵でもないけど。相変わらずコンテンツはほとんどない。サイトがあるだけで満足だ。自分らしい